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    2012
    08.30

    【 あれから 2年。 母を偲ぶ 】

    こんにちわ チーです。

    またまたご無沙汰致しました。


    最近ねぇ・・・ なんかねぇ・・・・・ 
    気力がないと言うか 怠け病になっていると言うか。。。。

    暑さ負けをしているのか?
    ネタがなくなって来ちゃったせいもあって、なかなか更新しようと言う気が出ないんです。
    困った・/(-_-)ゝコマッタ。



    でもこれだけは残しておかなきゃと思いまして。。。

    2年前の8月29日 母が天国へ旅立ち、昨日でまる2年が経ちました。


    1画像 031
    みんなに祝って頂いて、とっても幸せそうでうれしそうな母。


    2年前のあの日は、ほんとうに暑かった。
    酷暑と言っても過言ではないくらい、暑かった。
    31日の告別式は家族葬にしたのにも拘らず、猛暑のなかたくさんの方がお見送りに参列して下さいました。
    もともと母は内向的で大人しい性格でしたので、年齢的に考えてもお友達も
    お亡くなりになっていらっしゃる方も多くいらっしゃるので、それでもこんなにたくさんのお友達が
    お見送りをして下さるなんて思ってもみなかったのです。

    生前の母の交友の深さを、改めて感じたのでした。

    母がいない生活にも慣れましたが、それでも未だにどこからか声が聞こえてきそうな気がします。
    あの時、みなさんにも労いのお言葉やお悔みのお言葉をたくさん頂きました。
    ありがとうございました。


    今更ですが、母を偲んで つぶやいてみました。
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    Category: 母のこと Comment:3  Trackback:0
    2012
    01.05

    【 2012 明けました。。。 】

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    22011101012520002.jpg

    名称未設定アート-1


    昨年12月19日 仕事中に中腰の姿勢からチョッと身体を起こした時、腰にピクッとした痛みが走ったと思いきや
    5分も経たないうちに腰から下の力が抜け、そのまま立ても座りも出来ずその場でうずくまってしまいました。
    『ギックリ腰』ですわ。

    職場の同僚男性2人に両脇を抱えられ、自席へ戻り1時間半くらいは頑張ってはみたものの
    座っていられないくらいの激痛。
    早退しようと思ったのですが、その時には歩くことも立つことも自力では出来なくなっちゃってました。
    またもや2人に抱えられ車に乗ろうとしたのですが、今度は足に力が入らず乗れない、、、
    やっとのことで乗り込んで、自宅まで搬送して頂きました。(涙)

    ところが今度は車から降りれない。

    またもや やっとの思いで降りたら、階段が上れない。
    これまた肩をお借りして、やっとの思いで中まで連れて入って頂きました。

    それから3日間寝たきり。
    3日間お休みを頂いて、3連休。
    6日間もあれば幾分かはよくなると思ったのですが、なんのこっちゃない。
    10日経っても痛いっ・痛いっっ!!
    年末のクソ忙しい時に、、、、 寝てました。

    新年を迎え ようやく痛みが治まってきたと安堵したら、またもやぶり返し。

    今日から仕事初め。
    年明け早々 お休み出来ないんで出社しましたが、座ってるのが辛くてね。

    今年はホンマの寝正月でしたわ。。。


    みなさまの所へも 年末年始のご挨拶にも伺えまま失礼させて頂きましたこと 
    お詫び申し上げます。

    こんな管理人ですが、今年もヨロシクお願い致します。(見捨てないでぇ~~~)





    Category: 母のこと Comment:14  Trackback:0
    2011
    08.30

    【 あれから 一年が経ちました 】

    こんにちわ~~ チーです。

    8月も今日を入れて2日だと言うのに、今日も35℃越えらしいです。


    そう言えば、去年の今日もうだるほど暑かったわ。 昨日もね。

    ・・・・あれから・・・・
    2010年8月29日
    そう あなた(母)がこの世を去ってから昨日で丸一年になるんだよね。
    早いなぁ。。。。

    あっと言う間の、一年やったわ。


    それで昨日ね 一日お休みをとってお母さんを偲び振り返ってみたけど、私の記憶に鮮明に残ってることって
    あまりないのよね。


    ただ、一度だけ。 詳しくは書けないけど、
    お父さんとお母さんそして私が一緒に泣いたあの日のことは、今でもしっかりと覚えてるよ。
    心無い親戚の一言で私たち家族3人は、心に大きな傷を負ったよね。

    私は、今でもその時の光景を忘れないし、あの場所での信じられない一言は一生忘れない。
    私が生きている限り、、、、。

    あの場所での、お父さんとお母さんの悲しそうな顔が今でも鮮明に蘇ってくる。

    そして家に帰って父の口から出た言葉。 
    「お母ちゃん、チー子 3人で、どっかへ行こか・・・・」
    「なんで?! 私ら何も悪いことしてないのに、どこへも行く必要ないやん。
     お父さん・お母さん ここに居よう」

    今思い出しても、悔しくて涙が出るよ。

    私の記憶には、そのことは鮮明に残ってるけど、たぶん・・・相手はきっと忘れてるんだろうね。


    その心無い一言を言った家族の叔父は亡くなり、叔母も認知症で余儀なく入院。
    従兄も、今では3人の子の親になってるけど、日本にはいない。
    帰国する気はまったくないみたいだし、結局 その家族はバラバラなんだよね。
    従兄も親になってみて、初めて親の恩(家の父と母が育てた)を知ることが出来るんだと思う。

    まあ いいや!!
    お父さんもお母さんも、安心していいよ。 私は、大丈夫だから。

    今では「父ちゃん」と言う優しいご主人様と、可愛い仔達と共に楽しく・楽しく過ごしているからね。
    なんだ・かんだ言っても、私がいちばん幸せだと思うよ。

    お父さん お母さん ほんとに  ありがとうね。



    そんなことより、、、、、お母さんの思い出。
    こまごましたことっていっぱい思い出すんだけど、印象深いっていう思い出がないってことなのかなぁ。。。??どう言うこと??
    もちろん いっーーぱいあるんだけどね。
    なんでだろう??
    これって「絆が弱い」ってことなのかしら??

    ううん そんなことないよね。

    思い出さないってことは、お父さんもお母さんもきっと安心してくれるからだよ!!
    ウン きっと そうだ!!!

    いやいや そー言うことでもない。


    なんかねぇ・・・・
    ほんとに思い出を書こうと思ったんだけど、思い出せないの。
    ただ思い出すのは、入院中のことばかり。
    父が亡くなってから、ずーーーっと私が結婚するまでは、母娘の二人暮らし。
    私が結婚してからは主人3人で暮らしたけど、それもたった4年。
    あとはほとんど入院生活だったもんなあ。 家に連れて帰って世話をしてあげたかった。

    一番の心残りは、、、
    亡くなるまでに一度だけでいいから、温泉でもどこでもいいから大きなお風呂に存分に入れてあげたいと
    思ってた。
    ・・・・けど、それも叶えてあげられないまま旅立っちゃた。
    お風呂に、一緒に入りたかったよ。  そして、背中を流してあげたかったよ。

    おかあさん。

    ごめんね。。。。



    でもね 私は、あなたが私の母であることを誇りに思います。
    今までも そしてこれからも ずーーーっと私の。

    そしてあなたの娘として あなたが教えてくれた『どんな時でも 凛として生きよ!!』
    この言葉を胸に、元気に生きて行きますよ~~~。


    今日のブログは、なんだよ??^^
    訳のわからないブログになっちゃいましたので この辺で終わります。




        
             最後まで読んでくださって ありがとうございました  



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    Category: 母のこと Comment:8  Trackback:1
    2010
    09.17

    ご無沙汰致しましたぁ~~~

    こんにちわ チーです。

    前回の記事から、随分ご無沙汰をしてしまいました。
    母がなくなってから、明日で三七日です。
    早いですね。
    私自身も、随分落ち着いてきたかな と思います。

    でもね、何かをするという気持ちが起こらないんです。
    母が亡くなったと言う事実は、私が想像している以上に大きいのかもしれません。
    自分では感じてないんですが、やっぱり疲れてるんでしょうかねぇ~。


    先週のことを今頃で申し訳ないのですが、
    カイとハナのすてきな毎日の かいままさん から、母へのお供えにと
    素敵なお花をお送り頂きました。

    P10401781.jpg


    ネッ! 清楚で・・・ それでいて 凛 とした お花でしょ!!!

    私 もう めちゃくちゃ感動しちゃいました。

    手前味噌で恐縮なんですが、
    家のお母さんね 普段は大人しくて いらんことは言わない人だったんです。
    かと言って 暗くはなかった。

    口数は決して多くはなかったけど ココぞっ!!と言う時は
    父も私もビックリくらい 度胸のある人やった。
    ある意味では、お父さんより 男らしく そんで怖かったかも?!



    ダレですかぁ~~? 
    誰かさんとは、えらい違いやねっっ!!  ・・・・なんて言った人は。。。
    たしかに 間違いではありませんけどねッッ


    なんかね~
    このお花をジッと眺めていたら お母さん自身を見ているような
    そんな気がしました。

    かいままさん 本当にありがとうございました。


    それからね、母の訃報を聞いたと言って
    お供えを持って、お線香を上げに来て下さった方々。。。。
    P10401791.jpg

    こんなにたくさんの方に、手を合わせて頂いて・・・・
    また弔問に来て下さった方から、両親の色んなお話しをお聞きする事が出来ました。

    私が、知らんこといっぱいあった。
    両親のしらない面を知り、へぇ~~~と感心することしきり。

    お父さんもお母さんも  
    人様との繋がりを、本当に大切にしていたんですね。
    そのことをひしひしと感じる 娘 なのでした。

    Category: 母のこと Comment:6  Trackback:0
    2010
    09.08

    ☆ ありがとうございました ☆

                ~~~ 皆さまへ ~~~
        
          この度は亡き母へ、本当にたくさんのご弔辞を頂戴致しまして
          ありがとうございました
          心より お礼申し上げます。


          亡くなったその日、やっと自宅に連れて帰ってあげることが
          出来ました。
          弔問に来てくださった母の古い友人が
          「お母ちゃん、帰りたいってゆうてたから、よかったなぁ」
          としみじみ仰っいました。
          自分が帰ると、私に負担が掛かると思ったのでしょう。
          私に「帰りたい」とは、一言も申しませんでしたもの。
          お正月でも私が「帰ろな」と言っても、「帰れへん」と
          言っておりましたが、ムリに連れて帰りました。      
          親心だったんですね。
          亡くなってから、親の心を知るんですから・・・・
          情けないことです。
          お母さん ごめんな!

          派手なことが苦手だった母の意向を重んじ、
          主人も賛成してくれましたので、お葬式は「家族葬」で
          自宅で行う事に致しました。
          7年もの間 家におりませんでしたから 最後は自宅から
          送り出してやりたかったんです。
          その晩は、仮通夜を致しました。
          一人っ子の私を両親は大事に育ててくれましたから、
          見た目とは違い、けっこう「芯」が弱んです。  
          気持ちが、すぐ折れるしね。
          「この子、ほんまに大丈夫やろか?!」って、
          母さんもきっと心配していたと思います。
        
          だから、母を前に誓いました。
          「お母さん 心配せんでええよ。
          お葬式が終わるまでは、絶対泣かへんから。
          最後までちゃんとお母さんを送り出すからね。
          きちっと、遣り遂げるから。
          せやから今は、泣かせてな・・・・」
          その夜は、ほんまに泣きました。


          お蔭様で本初七日も、滞りなく済ませることが出来、
          今は淋しいと言うより、今まで家にいなかった母を連れて
          帰ってやれたという安堵感の方が強いですね。    
          淋しいと感じるのは、きっと49日の喪が明けてから
          なんだろうなぁ。
        
           
          お目に掛かった事もない皆さまばかりなのに、
          こんなにたくさんのお悔やみを頂戴致しまして、
          母は、本当に幸せ者だと思います。
          頂いたコメントを、何度も・何度も繰り返し読ませて頂きました。
          そのたびに 勇気を頂き・元気を頂き・そしてパワーを頂きました。
          
          「泣かない!」って決めたはずなのに、涙が溢れました。
          でもこの涙は、悲しい・淋しいだけの涙ではありません。
          コメントを下さった皆さまから伝わってくる心の温かさが、
          身に沁みた涙です。

          
          今、皆さまには ただただ 『ありがとう』 という感謝の気持ちで
          いっぱいです。
        
            
        
          クヨクヨすることが嫌いな母でしたから、
          いつまでもメソメソしていると
          「アンタ! いつまでメソメソしてんの!!」って
          叱られそうです。
          
          強くならなきゃ ねっ!  お母さん!! 
          
          
          だから仕事も、今日から復帰致しました。
          こちらもぼちぼち復活させて頂こうと思っておりますので
          これからも どうぞよろしくお願い致します。
          

          本来ならば、皆さまの所へ訪問させて頂き 御礼申し上げる
          べきではございますが、この場をお借り致しまして、
          急ぎ 御礼申し上げます。

          本当に ありがとうございました。


          
          (後日、伺わせて頂きます。 取り止めのない文章ですみません)
    Category: 母のこと Comment:9  Trackback:0
    2010
    09.02

    ☆ 天国に旅立ちました ☆

    去る 8月29日 午前9時25分
    89歳と7ヶ月の天寿を全うし 母が永眠致しました。
    最後は苦しむことなく、ふと眠ってしまったような 
    静かなそして穏やかな旅立ちでした。

    8月31日 お葬儀も滞りなく済ませました。

    母が生前中に賜りました 格別のご懇情に対しまして 厚く御礼申し上げます。


    27日の夕方 病院から電話があり、呼吸が荒くなって来たので
           酸素マスクを装着したとのこと。
           出来るだけ早く、来て上げて欲しいと。
           夜半、容態急変。
           装着していた、モニターの波長が乱れる。
           主人に連絡、主人が来てしばらく手を握ってくれて
           いましたら、波長が戻って来ました。

    28日 小康状態

    29日 朝 主人が来るのを待っていたかのように、到着後しばらくして
        心拍数・血中酸素・血圧共 低下。
        9時25分 永眠。


    8月16日より具合が悪くなってから、約2週間。
    本当に、よく頑張ってくれました。 
    最後は私と主人に手て握られ、苦しむことなく本当に安らかな
    穏やかな表情でした。
    立ち会って下さった先生や看護師さんも、
    「思い残すことはないと言う、お顔をされてますね」と仰って下さいました。

    看病に悔いはないと言えばウソになりますが、自分で出来るだけの事は
    出来たと思っています。
    だから 母もきっと喜んでくれていると思います。

    弔問に駆けつけて下さった方が、口々に
    「ほんま、きれいなお顔をされてはるね。
     亡くなったお顔の方が、遺影の写真より若く見えるやん!!」
    と言って下さいましたが、私には、その言葉がなによりうれしいです。
    そう言って頂けるだけで、、、、  
    それだけで、じゅうぶんです。


    最後は何の言葉も交わさず、逝ってしまったけれど、
    きっと母も満足してくれたと思います。
    私が嬉しいと思ったと言う事は、母もそう思ったと言う事なんだと
    思いました。

    母さん 苦労ばかりの人生でしたが、あなたは幸せだったんですね。
    母さん あなたは偉大でした。


    「母よ 
     あなたはなんと不思議な 豊かな力を持っているのか
     もしも あなたがこの世にいなければ
     帰るべき大地を失い われらは 永久に彷徨う」

    「幼子抱きて 汗ながし 尊き願初の使いをば
     果たせし日々の晴れ姿 誰か讃えん この母を」

    この詩は私が尊敬するある方が、
    母と言うのは、この世で最高に偉大な存在であると言われ、
    作られた詩であります。

    この詩を聞くたびに、「母」と言う偉大さを感ぜずにはおられません。


    最後に お母さん私はあなたの子供でよかったです。
    私を産んでくれて ありがとう。
    育ててくれて ありがとう。
    お母さん 本当にありがとね!
    長い間、お疲れ様。 
    ゆっくりと休んで下さい。

    先に逝った、お父さんともう会えましたか?
    とは言ってもイラチのお父さんやから、またせからしくして
    喧嘩してるんかな??


    皆さまには、たくさんの励ましを頂き、またご心配をお掛け致しました。
    本当にありがとうございました
    衷心より、感謝申し上げます。

    遅くなりましたが、いそぎご報告まで。
    Category: 母のこと Comment:14  Trackback:0
    2010
    08.24

    ☆ お礼と母の様子・・・ ☆

    おはようございます。 チーです。

    母のことではお見舞いやご心配を頂き、また私に対しては労いのお言葉や
    激励コメントを頂戴致しまして、本当にありがとうございます。
    心から感謝致しております。

    皆さまのコメントがうれしくて、うれしくて・・・・
    決して泣くまいと心に決めて拝見させて頂きましたが、
    一人で読ませて頂いておりますと、やっぱり涙が込み上げて来ました。
    皆さまの書いて下さった一言一言が、胸に響きました。
    物凄く「力」になります。
    本当にうれしいです!

    がんばってるけど、さらに「ガンバローーー!!」って思えました。


    お会いした事のないブロ友さんなのに、ずっと昔からのお友達のように
    なんて優しくて、そして温かい方ばかりなんだろう。
    と、今更ながらに思いました。
    苦しい時・辛い時、皆さんはブログを続けていてよかったと
    仰っておられますが、本当にそう実感致しております。


    今回は思いつくままに書き連ねますので、かなり長文になります。
    お時間が許して頂けましたら、読んで下さればうれしく思います。


    母のことは前から何度かここに残して来ましたが、
    今回は母の様子からして、「死」と言うのを実感致しました。

    誰もが いつかは 通る道。
    「年も年やから・・・・ね」と、常々自分に言い聞かせ覚悟はしていたはずなのに
    実際母を前にして「今回は、ほんまにアカンかもしれへん」と思った時、
    そんな覚悟など、情けなくも底辺から崩れておりました。
    折れそうになる自分を叱咤激励し、しっかりせんかいっ!!って・・・
    何度繰り返したか。

    前のブログにも書きましたが、母の生命力の強さに助けられ幸いにも
    危篤状態からは抜け出し、小康状態を保ってくれています。


    前回の記事で、今回、なぜ意識のある中での「経管栄養」をお願いすることを
    選んだのかを詳しくは書いておりませんでした。
    ご訪問をして下さった皆さまの所で、このような事態は起きて欲しくない事であり、
    皆さまのご家族が、お元気で健やかにお過ごし下さる事を心より願っております。

    そう願うことを前提にした上で、それでも今後このような判断を家族として
    しなければならなくなった時、少しでもお役に立つことがあればと思います。
    続きを読む
    Category: 母のこと Comment:9  Trackback:0
    2010
    08.20

    ☆☆ お知らせです ☆☆

    こんにちわ チーです。

    ご無沙汰致してしまいました。

    先週より母の容態があまりよくなく、食事もあまり進みませでした。
    このままでは体力も免疫力もなくなる一方なので、しばらくは、 経管栄養 にして頂こうと思いましたが、
    意識がないわけではなかったので、驚いたのとチューブが胃まで入らなかったので
    何度か入れ直しをしたのとで、ショックを受けたのか、血圧低下・意識障害・酸素不足を起こし
    いきなり危篤状態になりました。


    「4・5日が山でしょう。それを持ち堪えてくれたなら、少しは安心出来る状態になります」
    と言われましたので、ずーっと母に付き添っておりました。
    よくなったわけではないのですが、取り敢えずは危険な状態は回避出来、
    悪いなりにも、小康状態が続いております。

    主治医も看護師さんも、母の生命力の強さには驚かれたようです。
    89歳という高齢で誤嚥(ごえん)肺炎を起こし、おまけに左足が壊死している状態の中では
    普通は、回復するのは難しいのです。
    だから本当に、良く頑張ってくれていると思います。
    母は意識のない中できっと、自分が死んでしまったら、私が一人になってしまうと判っているのでしょう。
    「もう少し頑張って、生きててやらんと・・・」という親としての思いが、
    強い生命力となっているのだと思います。

    まだまだ予断の許せない状態は続いておりますが、
    母も頑張ってくれてるやから、私もがんばらんなアカン。
    小さくなってベットで寝ている姿を見ていると、今まで貧乏と苦労ばっかりの人生やったけど
    愚痴も言わず、病気一つしないで気丈に生きてきた母の姿が思い出されます。

    母が私を一人前になるまで見守り育ててくれたように、
    今度は私が母の最後をちゃんと看取ってやらんなあかんと思います。。。。

    でもそばにいるだけで、何もして上げられないのは辛いなぁ~~なんて。
    チョッと弱音を吐いてしまいました。


    さっっ、お母さんの所へ会いに行ってこよっと。。。。。
    今日も変わらすに、いてくれますように、、、、、


    下記事にコメントを下さった皆さま、お返事もしないままでごめんなさい。
    母の状態がもう少し落ち着くまで、申し訳ございませんがご容赦を下さいませ。



    Category: 母のこと Comment:11  Trackback:0
    2010
    02.10

    よかった・よかった。。。の巻

    どうも~、チーです。  こんにちわ~~♪

    気分転換に、またプレートを変えてみました。。。(^▽^;)
    季節ごとにプレートを変えることで、気分も変わるかな??
    変われへん・変われへん。。。。(-^〇^-) ハハハハ

    今日の記事は、ワンネタではありませんので、ご了承下さいませ。。。m(_ _)m

    それにもう、1ヶ月も前のことなんですよ  (遅っっ!)
    書こう書こうと思いながら、今日まで伸び伸びになってしまった古い記事。
    それは・・・母のことです。
    毎年書いてるんで、今年はどうしようかと迷っているうちに、今になってしまいました。
    でも2010年(今年)のお正月も無事、自宅で迎えることが出来たことを嬉しく思い、
    父たんはもちろんの事、私達夫婦のお友達のYネエさんやYネエさんのご主人、
    また病院でいつもお世話をして下さる皆さんに、感謝の思いを忘れないためにも
    残して置きたいと思います。

    その母を、昨年12月31日に迎えに行き、年が明けた3日まで自宅で過ごさせて
    あげることが出来ました。
    1001161.jpg

    昨年より痴呆症も進み、自宅に帰っていることすらわかっていなかったかもしれません。
    いやわかってないだろなぁ。。。たぶん。。。

    また去年くらいから、私が娘であることは認識しているものの、名前が出て来ない。^^;
    「私 ダレかわかる??」って聞くと
    「わかってるわっ!! うちまだそんなボケてへんで!!」と云います^^ がぁ・・・・

    イヤーーー、かなりおボケになってらっしゃると思いますYO 
    思いますではなく、おボケになってらっしゃいます。。。


    でもこれは仕方のないことで、その進行を止めることは出来ません。
    今の私に出来ることそれは、いつか来る別れのその日を待つのではなく、
    あきらめるのではなく今を後悔をしないように精一杯の介護をしながら、
    母と共に楽しく笑いながら過ごすことが出来たら(自己満足にしか過ぎませんが)
    これ以上幸せなことはないと思っております。


    しっかし、毎回思うことなんすが、自宅介護ちゅうのはなかなか出来ませんわ。
    本人のためには、家にいるのが一番いいのはわかっているんですが、寝たきりともなると
    かなり大変です。
    ・3時間ごとの排泄の交換。(昼も夜中もありませんからね)
     (病院では、人数もいらっしゃるので4時間毎のようですが、それでは可哀相なんで
      自宅では3時間毎にみてやります)
    ・誤嚥を起こさないための、食事。
     ご飯ではなく、おかゆさん。汁物はトロミを付けて。おかずは刻み食。

    なんといっても、夜中2時・5時のオムツ交換が一番大変。
    朝が眠たい・眠たい。。。

    お休み中だから出来るけど、仕事に行きながらっちゅうんはやっぱり出来ません。
    でも今年も4日間だけですが、世話をする事が出来たんでよかったと思わなくては
    いけないんだと思います。 そう思うしかないんです。

    そして3日の夕方、病院の方へ送って行きました。
    この時が、一番辛いです!!!   母もきっとわかってくれていると思います。
    また一年、病院通いになりますが、頑張らなくてはねっっ。。。。


    その母も1月14日、 89歳のお誕生日 を迎えました。
    一日でも、元気に長生きをして欲しいと願っております。


          
            
      最後まで読んでくださってありがとうございました  

    Category: 母のこと Comment:15  Trackback:0
    2009
    08.07

    ご報告です。

    こんにちわ~、チーです。

    先日は母のことでは、たくさんの励ましやらお見舞いを頂きありがとうございました。
    この場を借りまして、心より御礼申し上げます。
    本当にありがとうございました。

    術後の経過もよく、先日始めて切断箇所を見ましたが、思ったより縫合した箇所も
    キレイにくっついてくれています。
    今後はわかりませんが、今のところ一番心配していた再手術もしなくてもよさそう
    な感じです。
    抜糸も終わり、昨日一般病棟より介護病棟に移る事が出来ました。

    世間でよく言いますよね。 「按ずるより 生むが易し」って。
    ほんとにその通りだと思いました。
    それほど心配するほどのことでもなかったのかもしれません。
    また、先の心配ばかりしていても仕方ないことだと今だから思えるのですが
    あの時は、精神的に落込んでしまい余裕と言うのがありませんでした。

    いま母は痛みがなくなったからでしょうか、食欲もあり前以上にとても元気です。
    切断という辛い選択でしたが、これから痛みに耐えなくて済むと思うと、
    それだけでも良かったのかもしれません。

    私はホッとした反面、精神面での疲れが少々出ておりますが
    比較的元気です。

    ご訪問もままならないまま、勝手を致しまして申し訳なく思っております。
    またお伺いをさせて頂きますので、これからもどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

    急ぎ お礼とご報告をさせて頂きました。

                                                    合掌





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